英語学習

単語学習に語源は必要?  語源学習のメリットと、その「やるせなさ」について。

英単語を覚えるときに、語源を意識する人はどれぐらいいるでしょうか。たとえば、reinforcementre(再び)+in(~の中に)+force(力)+ment(名詞化)→「強化」といった具合に、この単語はこういう語幹にこういった接頭語・接尾辞がついてできていると考えながら学習するようなことです。今回は、語源を使った学習について、そのメリットと、(ぼくが考える)語源学習をめぐるやるせなさについて考えてみたいと思います。

ぼくの語源体験

まずは、ぼくが英語を習い始めた頃、英語の語源というものとの出会いをしたときのことを振り返ります。

① 語源との出会い

ぼくがはじめて英語にそもそも「語源」がある、なんてことを知ったのは、中3か高1の頃、本屋さんでたまたま見かけたある本がきっかけでした。タイトルは『つむぐ英単語』といって、今で言う、語源系英単語集といったものでした。(現在も販売されています。)

その頃のぼくは、その年齢の人間にしてはかなり多くの英単語を知っていたので、なんかおもしろい単語集ないかなと思いながら本屋でその本を手に取り、単語をなにやら分解してそのパーツを組み合わせている感じのその本に興味をもちました。あと、カバーのデザインがなんだが好きな感じでした。

その本を読んで、当時のぼくはまったく知らなかった単語の世界を知ることになったわけです。単語には接頭語があって、語幹があって、接尾辞があって、それぞれがそれぞれの機能を果たしながら存在しているという事実自体が、まったくもって新鮮でした

ぼくはその本を読んで、まるで自分だけしか知らない英語の秘密を知ったかのような気分で、単語を見るたびにどんな語源を持っている単語かな~なんて考えるようになりました。

学校で勉強について話すときも、語源については言及することもありませんでした。なんだか自分だけの裏技のようなものとでも思っておきたかったのかもしれません。

それからは、書店やAmazonで語源の本を探して、何冊か買った気がしますが、あまり使った記憶はありません。一通りよく使う語幹だけは覚えてしまい、接頭語接尾辞も頭に入れて、それ以外ではあまり普段の学習に語源を「使う」ということもなくなりました。

当時は今ほどは語源の本なんてなかったような気がするのですが、どうでしょうか。あったけどぼくが知らなかっただけでしょうか。今は書店に行ったらいろんなコンセプトの語源本が置いてあって目移りするぐらいですよね。

② 語源の虚しさに気づく高校時代

話を高校時代に戻します。高校生の頃には児童書などで洋書もたくさん読むようになって、語源についてもっと知っていたらもっと楽なのかななんて思う機会も増えましたが、受験が近づいてきたこともあり、あまり語源学習に没頭することもなく、もっぱら学校の勉強に意識を傾けていました。

語源は、知っていたらもちろん便利です。はじめて出会う単語の意味がなんとなく分かったりすると指南している本もありますが、実際そんなこともあると思います。

ただ、語源学習で、当時からずっとなんだかひっかることがありました。もちろん、語源っておもしろいし、便利なんですが、ふと、語根project の “ject” が「投げる」の意味だからって、一体何なんだと思うことがあったのも事実です。

みなさんはそういう思いを抱いたことがあるでしょうか。ぼくは当時から、語源の世界をおもしろいと思いつつ、この語のパーツの意味を知っていたからと言って、何なんだ? なんて思うこともしばしでした。

なんだか、語源って、つかみ所のない学習です。語根を知ったところで、その語根を含む単語で、頻出語なんてほんの少ししかなかったりします。そんな単語とその語源情報に出会ったときなんか、ぼくは特にそう思っていました。

語源の世界をはじめて知ったときは、語源はなんだか魔法の近道のような気がしていたのですが、だんだんcapが「頭」だからといって、captain, capital などに使われるけど、いちいちcap=「頭」を介する方が面倒だし、別のことも覚えないといけないから逆に面倒くさいんじゃ?みたいな疑問が沸くときもありました。

そういうこともあって、今でも単語学習に語源がどこまで必要かははっきりと断定できかねるところがあります。ぼくは少なくとも、よく使う接頭語接尾語・語根(spect, pose, tainみたいなもの)は断然知っていた方がいいと思います。しかし、あまり普通の学習者は突き詰めて語源を覚えることを主眼にしなくても良いのではと思ったりもするのです。

③ 語源のやるせなさを克服した大学時代

そんなぼくの語源に対する見方が変わったのは、大学に入ってからです。大学で英語に影響を与えた諸外国語に触れてはじめて、いままでの語源学習は、こういう意味があったのだなと捉え直すことができました。

大学でまず習ったのは、ドイツ語・ラテン語・ギリシア語でした。そして入学から半月してからフランス語も勉強し始めました。この4つの言語は、英語に最も大きな影響を与えた言語、もしくは、英語と最も深い関わりのある言語です。

ゲルマン語族に属する英語は、文法機能や、古くからありかつ使用頻度が高い語彙などは同じゲルマン語のドイツ語と多くが共通しています。例えば、動詞が変形して表せる時制は、現在形と過去形の2つだけというのは、ゲルマン語の特徴です。

liveという動詞は、I live.(現在形)とI lived.(過去形)の2つにしか変わりません。先のことを表すなら、willなどの助動詞の協力が必要なわけで、liveという動詞自他に未来を表す形態があるわけではありません。こういったのは同じゲルマン語であるドイツ語を学習してはじめて知りました。

そういったことも分かった上で、英単語を見ると、ドイツ語と似ている単語は、なんとなくゲルマン語由来なんだなと認識できるようになりました。mean(意味する)はドイツ語のmeinen(意味する)と関連していそうだし、ゲルマン語由来だな、という感じです。

そして、現在の英語でかなりの割合を占めるのが、ラテン語由来の単語です。ラテン語は主に隣国であるフランスを通して中世以降英語に大量に入ってきました。いまでも、語源系の本で解説されている単語のほとんどがラテン語由来の単語です。よく使う接頭語(in, pro, ex, per, conなど)と語幹で生み出された単語は基本的にラテン語から来ています。

そういうわけで、世の語源本はラテン語のパーツを、ラテン語由来の接頭語(ほとんどはラテン語の前置詞に由来)に組み合わせた語彙集となっているわけです

大学でラテン語をはじめとする諸外国語を知ってから、はじめて英語学習で出会っていた「語源」というものをなんだか真の意味で理解できたような感覚がぼくにはありました。

英語で、tainは「保つ」という意味だ。だから、containは「共に保つ→含む」retainは「後ろに保つ→保持しておく」、sustain「下で保つ→保つ」だろ。

なんて言われても、は~とはそれまでも思っていましたが、それが本当の意味で腑に落ちたのは、やはりラテン語のtenire(保つ)、フランス語のtenirを知ってからだったと思います。

ラテン語を知らなかったら語源についての感覚はいまよりずっと鈍いものだったと思います。語源が腑に落ちたものとして理解できるのは、ラテン語やフランス語を学んだ人間の特権だと思います。そうでなかったら「腑に落ちることはなく」それでもなんとなく便利なものとして学習するしかありません。

だから、語源について本当に」自分のものにするなら、ラテン語はせめて基本だけでも知っておいたらいいというのがぼくの今の考えです。

そして、いかに語源と付き合うか

いろいろ書きました。とは言っても、、本当に」語源をものにする必要なんて、ほとんどの人にはありません。単語マニアにでもならない限りは、語源は基本的な接頭語と語根だけ材料として頭に入れて、それほど深い語源に執着せずに英語を勉強するぐらいがちょうどいいと思います。

執着せず、それでも覚えにくい単語だけ、語源辞典に当たってみたり、たまに「単なる楽しみとして」語源について見てみるぐらいで十分だと思います。語源の最大の魅力は、高校生のぼくがおもったような、「へえ~そうなんだ~おもしろいな~」と思えるところです。

すべての英単語についてそう思おうなんてのはちょっと無理があります。覚えにくい単語の意味をなんとなく助けてくれるものと思っておくぐらいしか、普通の学習者には付き合う術がありません。

英語以外の言語を通して見える世界

英語に影響を与えたその他の言語を覚えておくと、英単語の背景にある世界を、空間的にも時間的にも広がりを持ってとらえることができるようになります。これは、正直いって、楽しいです。

ドイツ語が分かる人なら、clockwise, otherwiseという英単語を見て、どうしてそれぞれ「時計回りに」「他の方法で」なんて意味になるかが、すとんと「腑に落ちます」。wiseというのは、ドイツ語ならWeiseで、「方法」という意味です(英語のway)。それが分かっているとclockwise「時計の方法で→時計回りに」、otherwise「別の方法で」が一瞬でピンきます。アハ体験。

もちろん、ドイツ語を知らなくても、これらの単語の-wiseはwayの意味があって…、みたいな説明を聞くと納得はできるでしょうが、「本当の意味で」ストンと、理解することにはなかなかならないのではないでしょうか。とりあえず「賢い」のwiseとは違うんだな、ということは分かるけど、語源学習のもどかしさ、やるせなさがどうしても残ります。

ギリシャ語を知っていると、例えば、学問の名前になっているような英単語は、多くがギリシャ語の基本語に由来していることが分かります。

ギリシャ語→そこからできた英語

bios(命・生)biology(生物学)
ge(大地)geology(地質学), geography(地理学)
physis(自然)physics(物理学)
psyche(魂)psychology(心理学), psychiatry(精神医学)

左側の単語は、ギリシャ語の文章を読んでいたら、当たり前のように出てくるこういった単語たちです。これらに慣れ親しんだ上で英単語をみると、そういうことだったのかと、そこで納得するわけです。

ほかにも、フランス語を知っていると、machineがなぜ「マシーン」と発音するかが腑に落ちます。(普通の英語の読み方で読むと「マチン」とか「マチャイン」(!)なんて発音になりそうじゃないですか?)

そういうこともあって、ぼくは、今では知らない単語を見てもなんとなく意味が分かるということも、英語だけを知っていた時に比べるとずっと頻繁にあります英単語を覚えるのもはるかに楽です

英検1級用の単語集に載っているような、congregate(集まる), circumlocution(遠回しないい方), orthodontist(歯科矯正医)なんて難単語を見ても、英語だけしか知らなかったときよりは、断然少ない労力で覚えることができます。すべてそれに関連しているラテン語・ギリシャ語の単語を知っているからです。

語源というものが、本当の意味で理解できるようになったのは、残念ながら、周辺の外国語を勉強してからだと思います。言語の世界は圧倒的に広がりますが、こうなるには相当の時間をかけて学習しないといけないので、やはり誰もにおすすめする学習ではありませんね。

だから語源学習には、どうしても、やるせなさが残るわけです。言語マニア(ぼくもその端くれぐらいだと思っています)でもない限り、そのやるせなさ・もどかしさも語源学習のひとつの味として付き合っていくしかないのかなと思います。

まとめ――ほどほどに楽しもう

今回の話は、決して、語源学習なんてやめた方が良いと言ってるわけではありません。

語源は楽しいし、英単語の親しみ方として、一つの選択肢にあった方が良いと思います。ただ、語源にとらわれすぎると、逆にむなしい思いになったりするので、そこのところはほどほどにということを長々と書いてしまいました。

最近では、ポップなイラストで楽しく語源の世界を垣間見ることができる本も出て、ベストセラーとなっています。『英単語の語源図鑑』なんかは、従来の語源本にありがちななんだか堅苦しい専門的な感じを排した、しかし内容はしっかりした本です。イラスト付きで語源をイメージしやすくなっているので、覚えようとあまりせず、見るだけで楽しめます。

こういった本を眺めて、基本的な語幹や接頭語だけはしっかりおさえて、あまり語源を活用しようとやっきにはならないというのが、語源と仲良く、長くつきあっていく方法ではないかと思っています。

最後に、ぼくがずっと使っているオンラインの語源辞典を紹介します。その名も “Online Etymology Dictionary” というもので、そのままですが、「オンライン語源辞典」です。↓

Online Etymology Dictionary

英語のサイトですが、かなり本格的な語源が記述されていて、読んでいてとてもおもしろいです。

ある程度語源についての背景知識がないと難しい記述も多いですが、無料でこのクオリティの辞書が使えるというのは本当にありがたいことです。ぼくは、単語学習をしていて、なかなか覚えられないなという単語に出会ったときは、まずこの語源辞典の記述を単語帳にメモしておくことにしています。

それだけでも覚えるのを大いに助けてくれます。

とりあえず、この辞書のページを開いてみて、好きな単語でも入力してみてください。なにも単語が思い浮かばないという方は、grotesque(グロテスクな)とでも入力してみてください。新たな語源の世界がまた広がるかも…

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