かつて、ヨーロッパの大部分を支配したローマ帝国。その大帝国の公用語がラテン語でした。現代では使われていないその偉大なる言語は、現代英語にも大いなる影響を残しています。
「そうはいってもラテン語ってどんな言語なの?」という方に向けて、今回はラテン語の世界をほんの少しだけ紹介したいと思います。
ラテン語学習のメリットについては、別の記事で詳しく書いています。
Contents
ラテン語と現代語
そもそも、ラテン語とは、ヨーロッパで使われていた古典語です。
現代では教会などで使われることはあっても、日常的に「やあ、調子はどうだい?」みたいな内容を、ラテン語で話している人間はいません。(一部の言語マニアを除く。)
ラテン語から派生した言語に、現代イタリア語、フランス語、スペイン語、ルーマニア語などがあります。
英語はラテン語の直接の子孫ではありません。しかし、その歴史において、英語はフランス語からの影響を大きく受けてしまった言語です。その結果、現代英語は、語彙面などの「見た目上」では、かなりラテン語の面影を感じる言語となってしまいました。
ラテン語文法概観
ラテン語文法の特徴として、真っ先に思いつくのは、その活用形の多さです。
名詞・形容詞にはそれぞれに「格変化(declension)」というものがあります。動詞には時制や人称に応じて実に様々な「活用(conjugation)」があります。
ラテン文法を学ぶということは、この「ことばの変化」を学ぶことと言っても過言ではありません。そして、「ラテン語を勉強しよう!」と思い立って、多くの人がその変化形の複雑さに挫折してしまうのもまた事実です。
そもそも、名詞が格変化したり、動詞が複雑に活用したりするのは、ヨーロッパの言語の特徴です。
英語も、今でこそ名詞の格変化なんてほぼなくなってしまいましたが、1000年以上前の古い英語では活用していました。身近な現代語でも、ドイツ語は格変化を現代まで保っています。(中欧・東欧の言語では今でも格変化を残した言語も多数あります。)
ラテン語の子孫であるフランス語・イタリア語・スペイン語でも、名詞の格変化というものは失われてしまいました。そのため、英語やフランス語出身の人にとっては、ラテン語の格変化は大変難しく見えてしまいます。
また、動詞の活用も現代英語に比べるととても複雑です。複雑というか、形が多いです。「時制」や能動受動などの「態」によって動詞の語尾が変化するので、慣れないと大変なわけです。
ちなみに、発音は、ほぼローマ字読みに近いです。そのため、日本人にはとても発音しやすい言語と言えます。むしろ、イタリア人はラテン語をイタリア語風に読んだり、ドイツ人はドイツ語風に(これが正しいんだよと開き直って)読んだりするので、一番オリジナル発音を忠実に守っているのは日本人学習者であるとも言えます。

名詞の格変化
ラテン語の名詞は、男性名詞・女性名詞・中性名詞の3種類があり、それぞれ格変化の仕方は違います。これもイタリア語など現代語では、中性は男性に吸収されてしまっています。
よくある男性名詞
格変化とはそもそもどういうものか、例を見てみましょう。たとえば、dominus(主人)という男性名詞は次のように変化します。
dominus の格変化
単数形
主格 dominus(主は)
属格 dominī(主の)
与格 dominō(主に)
対格 dominum(主を)
奪格 dominō(主から)
複数形
主格 dominī(主たちは)
属格 dominōrum(主たちの)
与格 dominīs(主たちに)
対格 dominōs(主たちを)
奪格 dominīs(主たちから)
これが男性名詞の格変化です。母音の上の横棒は、その母音を長く発音することを表します。このように、ラテン語には名詞・形容詞に格が5つあります。(厳密に言うとまだあるのですが、今回は簡略化していきましょう。)
それぞれの格に単数複数の形があるので、形としては10個あるということになりますね。
男性名詞はこのように-usで終わるものが相当数あります。世界史で古代ローマを習うと、やたらと、「ーウス」という名前に出会う気がしませんでしたか? アントニウス、ハドリアヌス、ウェルギリウスなんて名前は、この変化の名詞です。(人名も格変化しますよ。)
格変化と語順
ラテン語では、現代語に比べてかなり語順が自由です。文のどこにあろうと、格変化のおかげで、それが主格なら主語だとわかりますし、対格だと目的語だと分かるからです。
現代語、たとえば英語では、格変化が摩耗した結果、主語は動詞の前、目的語は動詞の後、と来ないと行けません。そうしないと文が読めないですよね。そのため、語順の自由がほとんどないわけです。
学校で習う英語の問題で「並び替え問題」なんかがありますが、ラテン語ではそんな問題は成立しません。形容詞が修飾する名詞が遠く離れていても許されます。格を見ればどれがどれにかかるか分かるからです。
女性名詞にはまた女性名詞の活用があって、中性名詞にはまた中性名詞の活用があります。名詞には「第一変化」から「第五変化」までのパターンがあります。ちなみに、上のdominusの例は、「第一変化男性名詞」の例です。
中性名詞の複数形
中性名詞の例も見ておきましょう。
verbum(言葉)という単語の活用は以下です。(ちなみに英語のverb(動詞)の語源です。)
単数形
主格 verbum(言葉は)
属格 verbī(言葉の)
与格 verbō(言葉に)
対格 verbum(言葉を)
奪格 verbō(言葉から)
複数形
主格 verba(言葉は)
属格 verbōrum(言葉の)
与格 verbīs(言葉に)
対格 verba(言葉を)
奪格 verbīs(言葉から)
中性単数の主格・対格の語尾は-umであるのに対し、複数では-aになっています。
実は現代英語のmediaはmediumの複数形であるということは、この変化を見たら納得ですね。
他にも現代語で不規則な複数形をもつ名詞は、古典語から説明できることがあります。
stimulus→stimuli
ラテン語の第一変化男性名詞
formula→formulae
ラテン語の第一変化女性名詞
criterion→criteria
ギリシア語第一変化中性名詞
-usで終わる語の複数形が-iに成るのは、先のdominusの例で説明できますね。
女性名詞では-aが-aeになります。
中性名詞は、ラテン語では-um, -aでしたが、ギリシア語では-on, -aです。criterionの複数形がcriteriaであるのは、ギリシア起源だからなのです。(そういえば、ある受験向け単語集で、criterionという形にはたぶん一生で合わないでしょうなんて書いてたやつがあったな。)
動詞の活用
名詞の活用だけでもちょっとひるんでしまったという方もいるかも知れません。
しかし、残念ながら、動詞の活用を覚えるほうがはるかに大変です。形が多いからです。
ラテン語には動詞の活用の仕方が、動詞によって、「第一変化」から「第四変化」まで4パターンあります。(厳密にはもうちょっとあるのですが、ここでは割愛。)
動詞には、人称・数によって、一つの時制につき、6つの形があります。例えば、第一変化動詞のamare(愛する)の直説法現在時制には次のような形があります。
単数
1人称 amō(私は愛す)
2人称 amās(あなたは愛す)
3人称 amat(彼は愛す)
複数
1人称 amāmus(私たちは愛す)
2人称 amātis(あなたたちは愛す)
3人称 amant(彼らは愛す)
これだけだと英語以外の現代語では普通にあるような活用変化ですね。イタリア語が分かる人は、現代イタリア語と結構似ていることに気づくでしょう。実際、ラテン語とイタリア語は見た目上かなり近いです。(日本の古文-現代文より近いと思います。)
さて、ラテン語では、時制が6つあります。それぞれの時制について、また上のように、6通りの形があるわけです。
さらに、そのうち4つの時制については、接続法という別バージョンで使う活用形があります。
さらにさらに、受動態は受動態で、また活用形を覚えないといけません。英語のように《be動詞+過去分詞》のように受動態を表せる時制もあるのですが、活用変化を覚えないといけない時制も多いです。さらに受動態にもそれぞれの時制に接続法があって・・・。
まだまだありますよ。
接続法の次は、命令法、不定法、とまた別の世界を表す形を覚えないといけません。
分詞なんてのもあります。分詞は能動現在・能動未来・受動完了といった種類があります。さらには、動名詞もあります。英語と違って、この動名詞がめっちゃめんどくさいのです。
動名詞や分詞は名詞・形容詞の仲間なので、もちろん格変化があるわけです。
ふ~。動詞の変化形はだいたいこんなもんです。かなり大ざっぱに概観しました。
まとめ
いろいろ書いたので、「ラテン語って難しそう」と思ってしまったかもしれません。
実際、ラテン語は難しいと感じる人が多いですし、私も難しいと思います。
しかし、活用さえ覚えてしまえば、ラテン語世界は一気に旅しやすくなります。その活用を覚える気概があるかどうかが、ラテン語習得の最大のポイントだと思います。
ものは見方次第で、ラテン語の方が現代語よりシンプルな部分だってもちろんあります。
現代フランス語やイタリア語を習ったことがあるなら、直説法現在時制で、不規則活用をする動詞の多さにうんざり、みたいな経験がある人も多いのではないでしょうか。
その点、ラテン語には「不規則」という変化をする動詞は数が少ないです。「不規則」の多さなら、現代語の方が面倒だとも言えます。
ラテン語は大変です。話してる人もいないですし、学習したところで虚しくなることも多いですが、言語自体おもしろく、現代語の学習にも相当のアドバンテージを与えてくれる言語です。
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