英語学習

【5分でわかる英語史入門②】大母音推移――音とスペルが決別するとき

英語史を知ると、英語の世界はもっと広がります。普段意識しない英語の「きまり」に、英語の歴史から迫ってみましょう。前回は、英語の語彙について「ノルマン・コンクエスト」を中心に見ていきましたが、今回のテーマは英語の「音」です。

「発音とスペルが一致していない」と言われる英語。600年ほど前に起きた「大母音推移」とは何か。英語の発音とスペルの関係、その背景に迫ります。

おなじみ「発音問題」

突然ですが、問題です。次の単語のうち、下線部の発音が違うものを1つ選んでください。

commit  convince  insist  precise

英語が得意な人ならすぐに答えが分かりますね。正解はpreciseです。この単語だけ下線部を「アイ」と読みますね。他の語では「イ」です。

これ、実は2019年のセンター試験(英語筆記)の一番最初の問題です。センター試験にはこの通り、発音問題から始まるのが定番となってきました。高校時代に苦しめられたという人も多いでしょう。

ここで、ひとつ考えて見ましょう。そもそもなんで、「発音問題」なんて問題が英語の試験にあるのでしょうか。

 

発音と綴り字の乖離

英語は、ヨーロッパの主要言語と比べても、発音と綴り字の間にギャップがある言語です。文字を見たから読めるという訳ではない単語も多いですよね。(私も教員時代、なんど「この単語発音して~」と言われたことか。)

それ故、「発音問題」なんて問題が成立するのです。

イギリスの劇作家であるバーナード・ショーは、発音がスペルと一対一対応していない英語の特徴を揶揄して、次のような単語を提案しました。

ghoti

ショーによると、この単語は「魚」という意味だと言うのです。これで「フィッシュ」と読むではないか、と。

どういうことか、次の単語を考えて見てください。

laugh
women
station

これらの単語を見て見えると、ghotiでfishと同じ音を表せるじゃないかなんショーの言い分が理解できるのではないでしょうか。確かに、gh, o, tiで [f, i, ∫] なんて音になる単語は英語に普通にありますね。

 

英語の歴史から迫る

この通り、英語には「文字の見た目」と違う「音」をもつ単語が多いです。どうしてこんなことになってしまったのか、英語の歴史を簡単に見ていきましょう。

中世までの概観

前回の「5分でわかる英語史入門 ノルマン・コンクエストがもたらしたもの」では、英語がどのように近隣の言葉を取り込んだかをまとめました。

その周辺の主要な出来事は次の通りです。

5世紀始め
ローマ人がブリテン島から撤退

5世紀中頃
 ゲルマン人がブリテン島にやってくる

7世紀
キリスト教の影響でラテン語彙が流入

9世紀以降
ヴァイキングが北欧から侵入(北欧由来の単語が流入)

1066年
ノルマン・コンクエスト(フランス語由来の語彙が大量流入)

前回は、このあたりの出来事を中心に解説しました。要は、英語の語彙は、周辺言語から多大な影響をうけましたという話です。

さて、フランス語の語彙が流入した後も語彙は一進一退で変化します。

フランス対イングランドの百年戦争の影響で英語固有語の復権があったり、聖書の英語訳がでてきたりします。英語万歳~みたいな気運もあったわけですね。

この時期までの英語は「中英語」と言われるのですが、この頃はまだ「文字」「発音」は一致していました。

どういうことかというと、nameと言う単語は見たまんま、「ナーメ」みたいに発音していたわけです。

もともと文字はこの通り、発音と結びついています。そのため、方言差などがある単語はいろいろなパターンの綴り方がありました。古い英語では同じ単語に何通りものスペルがあるわけです。

 

神がいた時代の話

さて、いろんな発音があって、いろんなスペルがあったといっても、それは遠い昔の話。イメージしてみてください。ネットもなければ、印刷された書物さえない時代です。

そもそも庶民は文字なんて必要ないような中世の話です。

人々は、畑を耕し、教会で神に祈り、疫病に恐怖を抱きながら生きていたわけです(たぶん)。

そんな中で、時代は進みます。

 

こうして離れていく音と文字

人は変わる、音も変わる

いつの時代も人間は勝手なもので、時に従来の発音を勝手に変えたりします。

数年前のことですが、私が自宅でラジオを聴いていたら、パーソナリティーが「パターン」という単語を「パティーン」なんて発音していました。ネットで調べたら2011年あたりにかなり広まった単語だそうです。

「パリピ」「オネシャス」「あざーす」など、発音の変化は結構おもしろい例だと私は思います。

こんな例はいつの時代でも挙げればきりがありません。「音」とはこのように常に変わっていくものなのです。

英語においても、1400年頃から、こういった「音」の変化が、割と大規模に、そして体系的に起きました。特に英語の長母音が大きく変化したので、これを「大母音推移」(Great Vowel Shift)といいます。

大母音推移の結果、英語の長母音は、大きく発音を変えてしまいました。

feetという単語は、以前は見たまんま「フェート」みたいに読んでいましたが、この変化を経て、現在の「フィート」になります。

feet
[fe:t → fi:t]
(フェート→フィート)

time
[ti:mə → taim]
(ティーメ→タイム)

音の変化について、ここでは詳しくは踏み込みませんが、口の中で音を発する位置が「大母音推移」によって1つずつずれていったのです。

上の例では、eeが「エー」から「イー」になって、iは「イー」から「アイ」になりました。どちらの変化が先に起きたかはわかっていません。

とにかく、「ちょっとこの音、空きました。どうぞどうぞ」とばかりに、空いた席を埋めるように音がずれていったのです。

大母音推移以外にも「音の変化」はいろいろあるのですが、今回はまあ、いいや。

 

されどスペルは変わらず

音はこのように変化していきました。これだけだったらなんら問題ありません。

音に合わせて従来のようにスペルも変わっていけばよかったのです・・・。そう、そうなってさえいれば・・・。

まあ、ご存じの通りですが、そうはなりませんでした。英語においては、音は変化しましたが、スペルは途中で変化をやめてしまいます。

世界史を振り返ると、大母音推移が進行している1400~1700年頃に、人間の文明はもう、めちゃくちゃ進化してしまいました(雑)。あらら。

1476年には、ウィリアム・キャクストンなる人物がロンドンのウェストミンスターに英国初の印刷所を設立します。印刷技術が普及すると、言語にどのような影響があるでしょう。

新語はすぐに普及するようになりますし、標準的な英語が確立されていきます。そして何より、「この単語はこう綴りますよ」みたいなものが確立されます。

こうしてスペルは固定されるわけです。

音とスペルは同じ歩幅で歩いてはずなのに、気づいたら、あれ、スペルがついてきてないやん、みたいなことが起きてしまったわけです。

最初のセンター試験の例に戻りましょう。

commit  convince  insist  precise

大母音推移は英語の長母音に起きました。precise以外の単語はすべて i が短母音です。そのため、変化はなく現在でも文字通り、[i] と発音します。

一方、precise の i は長母音であったので、大母音推移の規則通り、[i:] から [ai] に変わってしまいました。

 

まとめ

以上が「英語における発音と綴り字の乖離」のあらましです。

本当はもっと様々な変化があって、いろんな要素が絡み合った結果、現在の英語のスペルと発音が形成されました。

興味がある方は、英語史について詳しい本にあたってみてください。

英語について詳しく知りたいなら、英語の歴史について知っておくことはとても意義があります。何気なく見ていることばもまた違った表情をもって見えてくるので、英語史を学ぶのはおすすめですよ。

英語の発音はやっぱり難しいと私は思います。

[ i: ] と発音する英語のスペルなんて、なんと11通りもあります。

 

日本語の仮名文字では文字と音は基本1対1で対応しています。 [yarusenai] なんて読まれたら「やるせない」と文字に起こすのは簡単です。始めて見た単語でも仮名だったら読めますし、聞いたら文字がわかります。

発音と綴り字が大部分一致してるドイツ語やイタリア語でもそうです。これらの言語では、知らない単語だろうと、見たらとりあえず発音はできますし、聞いたらスペルが書けます。

現代英語にも、つきつめると発音とスペルの決まりはあります。しかし、ドイツ語やイタリア語に比べると、英語はいつだって単語との出会いは、「その単語の発音」との出会いです。

これが英語の難しさであり、面白さでもあるのかなと私は思います。

英語史シリーズ、続編は未定ですが、「シェイクスピアと聖書」とか趣向を変えて「ゼロ派生と転換」なんかを扱いたいと思います。

 

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