ロシア語

【ロシア語教材】私がおすすめする文法書・単語帳、そして語学書に関する一考察

ロシア語に興味をお持ちの皆さん、その奥深い世界に旅立つ準備はできましたか。今回は、ロシア語を勉強したいけどどうやって手をつけたら良いか分からないという人に向けて、私なりにチョイスした初級から中級向けのロシア語教材とその活用法を紹介したいと思います。

ロシア語教材の現状

今日、日本の書店に行けば無数の英語教材が並んでいる一方、英語以外の言語となるとそれほど多くの選択肢があるわけではありません。

ロシア語は国連の公用語の一つで、話者の数もその分布も広大であるにも関わらず、残念ながら学習者は中国語やフランス語など、人気の言語には大きく水を分けています。

そのため、ロシア語の教材も書店に並ぶ第二外国語の教材としては充実しているとは言えないというのが現状です。

しかし、その中にも偉大な先生方がその叡智を結集して執筆した教材が眠っているのは事実です。学習者が少ない言語ほど、著者の心意気は強く書面に反映されるというのが語学書の傾向であるように思います。ロシア語の教材は、その点で著者のロシア語への思いが詰まった、書店に並ぶ語学書の中でも宝石のような輝きを放つ魅力的な記述をもったものも多いです。

 

親しむ入門編

ここでは入門段階で使える教材を紹介します。ここで得られる知識は小さなものかもしれませんが、それは新しい世界に踏み出す大いなる一歩です。まずは、ここにある書籍でロシア語とはどんな言語か、どういった特徴があってどこが難しいのかということを知ってみることをおすすめします。

ロシア語のかたち

ロシア語はご存じの通り、私たちになじみ深いABCのローマ・アルファベット(ラテン文字)とは違う文字を使って表記されます。

キリル文字と呼ばれるこの文字に親しむことがロシア語学習の第一歩です。ギリシャ語でもやったことがない限り、ヨーロッパの言語で新しい文字を学習するというのはロシア語の場合が初めてだと思います。

この本はキリル文字の書き方を指南する本というよりは、キリル文字はどんな形をもっていて、どのように町中や文面上で目にすることがあるかということを紹介した本です。教材と言うよりも、軽めのエッセイとして読めるようになっています。

語学の経験値がある人にとってもとても面白く読める黒田先生の記述はさすがです。

 

ニューエクスプレス+ ロシア語

言わずと知れた、『ニューエクスプレス+』のロシア語版です。執筆はロシア語教材で知らない人はいない、黒田先生です。

この本はニューエクスプレスの定番として、文字の読み方や発音からスタートして、基本的な文法と会話をコンパクトにまとめてくれています。

言語学習をスタートするときに必ずしも『ニューエキスプレス』からスタートする必要はないと私は思っているのですが、このロシア語版はとてもおすすめです。

扱われている文法事項はシリーズの他の言語と比べても少なめに設定されていて、とにかく挫折する前に全体像が見えるように配慮されています。

そして、登場人物を巡る謎(?)の会話がじわじわ笑いがこみ上げてくるようなもので、私はそれがとてもお気に入りでした。ロシア語教材にこれがあってよかったと本当に思えるような本になっています。

本書を学習のスタートに一周でもしておくと、そのあとで分厚い本格的な教材に進んだときにも、果てしない格変化や活用に圧倒されて挫折するリスクは軽減されるはずです。

 

発音の本

ロシア語の発音は難しい。単純にこういってしまうのには抵抗があるのですが、私は正直そう思います。そんな発音に特化した本があります。

基礎から学ぶロシア語発音

ロシア語の発音について詳しく述べた本書は、日本・海外の解説書を含めて、これが一番よくできていると思います。

学習者がキリル文字をなんとなく読めるようになるだけなら、たいした時間も苦労も必要ありません。ただ、それを踏まえて、真にロシア語らしい音を発するとなると、それほど簡単なことではありません。

私は数時間かけて書店のロシア語教材の発音の項をすべて読みあさったことがあるのですが、ほとんどが発音について、難しいところを曖昧に濁すか、そもそも触れずに通り過ぎています。これは、その方針が間違っているというのではなく、実際に解説するとなると本書のように1冊の書籍になるぐらいの分量だから、多くの教材では発音について妥協した記述しかできないのだと思います。

中には、「ロシア語の発音を独学で身につけるのは不可能」なんて断言している書籍でもあったりするぐらいです。

そんなロシア語の発音を、初心者でもわかりやすいように丁寧に音声と共に解説してくれた本書はまさに画期的な1冊となっています。

一見カタカナでも表せるようなロシア語の音が、実際にはどのように日本語や西ヨーロッパの他の言語と違うのか、類書に見られない答えがこの本の中にはあります。

 

覚える初級編・中級編

初級~中級レベルの本格的な教材はいくつかありますが、私が実際に使って自信を持っておすすめできるのはここで紹介する3冊です。学習が進んでいってもずっと参照できる永遠の共となるに耐えうる語学教材です。それなりに価格がしますが、その分、通常の語学書数冊分にまたがるような内容を含んだ充実した記述がなされています。

初級ロシア語文法

ここで紹介する黒田先生の本として3冊目ですが、本書は上記の本と違って本格的なロシア語の文法書です。

実際に書店で手に取ってみた方はおわかりかと思いますが、とても分厚く、重厚感のある書籍です。これぞロシア語教材という感じです。

一方で扱われている文法事項はタイトルの通り、ロシア語の基本的な文法事項にとどまります。分厚い割に扱われている事項はそれほど多くない、つまり、この本は初級文法を独学の初心者にもわかりやすいように、とびきり親切に解いてくれている本です。

非常にシンプルな例文(数は多い)と黒田先生の独特のユーモアを含んだ講義調の解説で構成されていて、単純に「読む」文法書として各事項を消化していくことができます。

このスタイルが合うかどうかは個人差があるでしょうが、私は最短距離で駆け上がりたい人の需要を犠牲にしてでも、このスタイルで教科書を執筆した著者の心意気に感嘆せざるを得ません。語学の経験値がすでに十分ある人は冗長に感じる部分はあるでしょうが、本当の意味で言葉を誰かの「腑に落ちたもの」とするには、あらゆる難しい部分を専門家の職人芸で解きほぐしてわかりやすく料理することが必要なのです。

そして、日本の語学教材の読者第一の姿勢にも、本書を読むと考えさせられます。海外で出版されている語学教材は非常に合理的にまとめられているものが多いですが、一方でこれほど親切な記述を含むものはまずありません。これはやっぱり三修社・白水社・研究社など、日本の出版文化の大いなる財産であると思います。

そして、真に語学の経験値がある人はこの本をメイン教材に使わないにしても、座右に置いておくとそこから得られる知識には揺るぎない価値があることを実感するでしょう。

 

総合ロシア語入門

研究社の教材で「○○語入門」というタイトルを冠していても、その本は入門向けではないことが多い。そして本書もその例外ではありません。

初級~中級までの文法事項を学習する教材として、現状、和書の中ではベストだと私が思う一冊です。発音の規則も類書よりは一段階詳しく解説されていて、初級段階でも役立つ知識が満載です。一方で、格変化の規則やそれぞれの用法、動詞の体などは豊富な例文と共に明快に解説されていて、とてもわかりやすいです。

そして後半では文語を中心に登場する副動詞・形動詞・数詞なども本格的に学習できるようになっています。そして各課の読章は19世紀のロシア文学作家の文章を読むように設定されていて、かなり本格的な読解力を身につけることができます。

白黒の小さめの文字で印刷されていて、一見とっつきにくくみえるかもしれませんが、使い始めてみるとそのスタイルは非常に学習者フレンドリーになっていることに気づきます。類書と違って、CDの音声が非常にクリアな読み上げですので、難しい発音も「習うより慣れる」式で練習できます。

ただ、一冊目でこれを使うとなかなか厳しいかもしれません。やはり一冊目は『ニューエキスプレス』あたりがベスとかなと。

 

これならわかる ロシア語文法

NHK出版の総合ロシア語文法は、このシリーズの常として、参照用として現状最も使いやすい教材です。ロシア語版は意外に分厚くなく、持ち運びにも苦痛が伴うというレベルではないところがありがたいところです。

この本は漸進的な学習用には実質設定されていないので、適宜他の文法教材を使いながら参照して使うというのが現実的な使い方だと思います。

ロシア語文法教材で動詞の体について触れていない書籍はないでしょうが、実際にその用法や凡例を網羅しているものはほとんどありません。初級教材の誌面の都合を考えると致し方ないことです。そんな時は本書の出番です。

また、一般の初級教材ではあまり触れられていない数詞や、副動詞・形動詞などの文語表現もしっかり解説されているので、ステップアップにも使えます。

 

単語集

ロシア語の単語集は、当然英語の単語集ほど充実はしていません。実際の選択肢はほとんどないので、多くの人が同じものを使うことになると思います。ここでは私が実際に使った2冊をその内容とともに紹介します。

これなら覚えられる!ロシア語単語帳

ロシア語の単語集としては、入門レベルでは各言語で展開しているNHK出版のこれか英語でもおなじみの『キクタン』ぐらいしかありません。

この単語集は良いところと悪いところがそれなりにはっきりした単語集なので、割り切って使う分にはそこそこ有用だと思います。

一番良い点は音声CDです。この単語集では全見出し語と例文を、初級教材にしては速めのスピードで読み上げてくれます。単語学習ではそれなりに回転率を速くして多くの単語を何度も見て、聴いて復習することが効果的です。その意味でこのCDの音声はとても有用です。

さらに、例文も実用に即した現実的なものになっています。例文中の単語は日常的に多く使われる形で出てくるので、この例文を覚えてしまえば、ロシア語圏でもずいぶん楽しく過ごすことができます。これは実際にロシアに行って私は実感しました。

残念ながらよくない点は、名詞や、特に動詞の変化の仕方について、何の言及もないことです。見出し語で不定詞をあげておいて、例文では不規則の形を挙げるだけでは、単語の情報を真に掲載しているとは言えません。

その分、見出し語と訳語だけというシンプルな見やすい構成になっているのですが、活用の仕方やアクセントの移動について避けられては、本当にロシア語を身につけたい学習者は自分でいちいち活用の方法を調べ上げて書き込まなければなりません。

 

最新ロシア重要単語2200

ロシア語の語彙について、日本語で出版されている最も優れた単語集はこちらだと私は思います。

この単語集は、入門レベルの語彙から中級レベル(B1)までの単語をアルファベット順に網羅的に収録している唯一の単語集です。CDは重要語のみを収録していて、そこには不満の声もあるのでしょうが(Amazonのレビューの低評価はだいたいこれが原因)、中級レベルで発音記号が読める段階の人にとっては、それほど大きな問題ではありません。むしろ、全単語・全例文を収録した膨大な音声を含んだCDがあったところで、それを使いこなすには相当な根気が必要であることは明らかです。

本書は全ての単語について、かなり簡単な例文と発音記号、そして何より語変化の仕方について記述がされています。

ロシア語は、日本で独学でも中級レベルまでははっきりとレールが敷かれているということを実感できる単語集です。

 

番外編

以下では、上記以外の教材で私が使って非常に気に入った2冊を紹介します。

ロシア語対訳名場面でたどる『罪と罰』

この本は、ロシア語教材としてだけでなく、文学の読み方を解いたテキストとしても非常に優れた1冊です。

著者の望月哲男先生はロシア文学者で、多くの訳書も手がけている方です。ロシア語でロシア文学を読むといった趣向の本は多いですが、そのほとんどは学習者向けに簡単に書き直された文章を題材にしています。

一方で、本書はドストエフスキーが執筆した原文を題材といており、対訳と解説で原作の重要な場面をたどることができるようになっています。

もちろん、簡単に読めるような文章ではありませんが、原文というのは非常に画期的です。当然初級文法を身につけていても歯が立たないような事項もありますが、それを含めて文学を読み解くと言うことです。

文学を一般向けに紹介することを目的とした書籍には、あらすじだけ紹介するようなものが多い昨今ですが、作家の実際の言葉に寄り添うという本書のスタイルには私は非常に共感するところが大きかったです。

あらすじだけならウィキペディアやYouTubeなどで簡単に知ることができますし、知っている気になることもできます。しかし、一文だけでも良いから、作家の真の言葉に触れること、これができる人、しようとする人はあまり多くありません。

一方で、一つ一つの作家の言葉を丹念に読み込むことができると言うことは、これはあらすじを蕩々と語ることができるより真摯な文学との付き合い方ではないかと思うのです。特に最近の出版物やネットの情報を見るとそう思うことがよくあります。

原文で大長編を読み通すのは膨大な時間とエネルギーが必要ですが、こういった気軽な形で大作家の言葉に触れることができるということは本当にありがたいことだと思います。

ただし、本書の解説はすでに初級・中級レベルの文法を身につけた人を想定しています。いちいち各語の語形について丁寧な解説がついているというわけではありません。それなりに文法を身につけて教科書の基本的な文章も読めるようになってから、そのステップアップとしてじっくりとりくむといいでしょう。

 

PONS Praxis-Grammatik Russisch

最後に紹介するのはドイツで出版されているロシア語教材です。

PONSは非常に優れた語学教材を出版するドイツの出版社で、ヨーロッパ各国で商品を展開しています。ヨーロッパの言語に興味がある人は是非その名前だけでも知っておきたいところです。トレードマークは緑色の表紙です。書店に並んでいても一目瞭然です。

本書は初級から中級までの文法を簡潔な解説と活用表にまとめた教材で、日本語の教材の副教材としては非常におすすめです。

対象レベルはA1~B2となっているとおり、解説は非常に詳しく、音韻変化の規則から活用の不規則を解説しているところはなかなか日本語の類書にもない部分で結構助かります。日本語の文法書との違いもなかなか面白く、一気に名詞の全パターンをドカンと提示してくるスタイルなど、単体では使いにくいかもしれませんが、参照用としては大きな効果を発揮します。

私は最初、文法書兼、問題集としてこの本を注文したのですが、実際には問題集としてはかなり貧弱なものでした。一応問題はついていますが、あまり学習の助けになるようなものではないので、文法書兼、詳しめの活用表としての使い方が現実的かなと思います。

最大の欠点はドイツ語が分からないと使えないことです。これはもう、どうしようもねえ~。

 

ロシア語教材のジレンマ――まとめにかえて

ロシア語は、日本の語学界において、ヨーロッパの言語の中では非常に立ち位置が曖昧な言語であるという印象を受けます。

フランス語やスペイン語ほど「人気がない」のは確かです。学習者も西ヨーロッパの主要言語に比べると格段に少なくなります。一方で、「マイナー言語」というにはあまりにロシア語の勢力や影響力は大きいです。

実際、ロシア語に興味を持つ日本人は、語学が好きな人の中にはずいぶんたくさんいます。

ロシア語は、名詞や形容詞の格変化、動詞の体の用法など、ロシア語ならではの文法事項を多く含みます。これらの事項は英語やフランス語などの言語にはない考え方が要求されます。そのため、初めてロシア語に手を出す人はなんとなく難しそうという印象を持っている人も多いです。

実際に多くの学習者がロシア語の文法をかじってみてその難しさ、というか語変化の多さに恐れおののきます。

ここに教材執筆者のジレンマが生じるのでしょう。

初心者向けに懇切丁寧に、あらゆる事項を小出しにしていくと、挫折率は減ります。NHKのラジオ講座や、紹介した『初級ロシア語文法』はそういった方針で編集されているのは明らかです。

一方で、あまりに親切に「やさしく」されると、時に言語の全体像を見失うことがあります。一つ一つの格の形は見覚えがある、さて、では単数主格から単数前置格まで、ある単語を活用させてみよう、となったときに「あれ?」ということがあります。「結局この単語は全体としてどう活用するのか?」という問題です。

挫折しないでくださいね~と語りかけてくれるような構成の教材では時に言語の全体像が失われて、いま何を学習しているのかを見失ってしまうということがあるのです。

だから合理主義に裏付けられた海外の語学書は、いきなりどかんと活用表を提示して、「はい覚えなさい」というスタイルであることが多いのだと思います。

和書でも、ラテン語やギリシャ語など、それなりに学術的な目的で学習されることが想定されている言語の教材では、あまり「親切な」記述はなく、学習者の根気に最初から丸投げというスタイルが一般的です。

ロシア語教材はその点、ちょっとだけ会話ができたりしたらいいという人もいれば、19世紀のロシア文学を読みたいという人まで、需要が様々です。実際の需要としては前者のような立場の人が多いので、世のロシア語教材は実際には初級段階の基本的な事項に限定したものが多いのだと思われます。執筆者からすると、一気に変化形を提示して挫折させてしまうのがもっとも残念な結果であることは想像に難くありません。

そして、そういった方針で編纂された教材は、語学がそれなりに得意な人からすると時にまどろっこしい、歯ごたえのないものになりがちです。黒田先生の『初級ロシア語文法』に低評価をつけているレビューはほとんどがそういった理由です。

結局、ロシア語教材は、他の言語より一層、自分の目で自分にあった教材を見つけることが一番大事なのではないかと思います。一冊手を出して合わないと感じたときは、別のものに思い切って乗り換えるのも有効です。別の本で別の角度から記述されているのに当たると、最初分からなかったことが案外簡単に理解できたりするものです。

結論を言うと、とりあえずあんまり語学は得意ではないけど、ロシア語を地道にやっていきたいという人は、本格的な段階に入るときに黒田先生の『初級ロシア語文法』を使うことをおすすめします。

英語も得意だし、ロシア語以外にも言語はそれなりに学習したことがあって、ちゃんと使えるようになりたいという人は研究社の『ロシア語入門』が断然おすすめです。これはAmazonでもなかなか出てこないのであまり知られていない気がするのですが、本当によくできた教材です。ロシア語教材の中で最も過小評価されている本だと思います。

 

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